コラム:「そ」の 「な」いよう で 「し」ゃべっていいの!?

 この原稿を書いているつい先ほどのことですが、トレーニング用具を注文させて頂いた企業さんから、「ウェブサイトのコラムを読んでいます。」と逆に言って頂き、大変恐縮してしまいました。

 今やパソコンどころかスマートフォン一台あれば世界中に情報を発信できる時代になりましたから、私のような零細事業主でも(?)、こうして皆様に直に声を届けさせて頂けます。同様に、フェイスブックやツイッターといったSNS(ソーシャル・ネットワーク・サービス)型メディアを使って沢山の人とコミュニケーションをとっていらっしゃる方も多いことでしょう。

 今回はそのメディア、特にSNSを通じた情報発信、コミュニケーションについて思うところを少しだけ。

 そもそも“メディア”や“コミュニケーション”ってなんなのでしょうか?ちょっとお固い文章ですが、その定義を改めて紐解いてみると、

・メディア:コミュニケーションをなかだちする事物のこと。事物そのものを「媒体(メディア)」、その働きを「媒介(メディエーション)」と切り分けてとらえておくとわかりやすい。

・コミュニケーション:人と人が意志を疎通する営みのこと。現実のコミュニケーションは、「伝達」と「共有(交感)」のいずれかだけの働きということはありえず、両者が絶えず入り交じり、より合わさるようにして成り立っている。

※放送大学大学院テキスト 『21世紀メディア論』:水越伸 より

とされています。何をいまさら…と思われる部分もあるかもしれませんが、コミュニケーションにおける「共有(交感)」の働き、という部分などは意外と見落とされがちなのではないでしょうか。

 前述の通り、インターネットの爆発的な普及やSNS型メディアの流行により、我々トレーニング指導員も様々な情報を容易に手に入れ、また、発信することができるようになりました。

 しかしながら、昨今特に感じ、そして恐れているのは、(その発言、その文章が)「一方的になり過ぎやしないか」「単なる愚痴やプライベートの垂れ流しになってしまわないだろうか」ということです。もちろん、特にツイッターなどはそうしたことをある程度前提にした気軽な、文字通りの“つぶやき”のためのメディアであることは確かです。しかしながら、たった140文字しかない、ともすれば誤解を招くかもしれないような発言・表現ですらクリック一つで全世界に発信されてしまう、ということを考えるとちょっと恐ろしくもなるのです。

 例えばどこかの著名人が、ウェイトトレーニングはやり過ぎたり間違ったやり方だと身体によくないこともある、といったことを端折って、(今日の)「筋トレは身体によくないからやめておこう。」などと呟くと、恐らく世界中のどこかで「筋トレは身体によくないって読んだんですが、本当ですか?」と聞かれるトレーナーさんが出てきてしまうことでしょう(苦笑)。

 他にも、ただ単に感情に任せたような発言などは、その人をよく知らない読み手に対して「ちょっと…この人はどうなんだろう…。」「子どもみたいな発言する人だなあ。」いった印象を与えてしまう危険性を多分にはらんでいます。口さがない人々の間で、「ツイッターはバ〇発見器」などとすら言われる所以です。恥ずかしながら、かく言う私自身もツイッターを始めた当初はそうした部分に思いが至らず、見かねた先輩にたしなめられたことがありました。。。

 フェイスブックにしても同様です。「出来るビジネスマンはFBでも仕事の幅を広げている!」などという謳い文句に踊らされ、結局はアップするのがランチや観光の写真ばかり(それで本当に“仕事の幅”なるものが広がっているのなら、逆に素晴らしいですが)、などというパターンも往々にしてあるようです。

 我々トレーニング指導員、トレーナーがよく口にする台詞に「この職業の社会的地位向上を目指す」という言葉があります。私自身、心からそれに共感していますし、そうするだけの価値ある素晴らしい職業、素晴らしい業界だと今でも信じています。

 だからこそ、改めて自覚を持たねばならないと思います。単なる「伝達」ではなく、「共有・交感」に繋がるようなメディア、そしてメディエーションの使い方を。インターネットという窓を通じて世界中を見つめ、逆に世界中から見られもする時代だからこそ、「トレーナーさんって気持ちのいい人たちが多いよね。」「私もトレーニングコーチになりたいです!」と一人でも多くの方々に思ってもらえるような立ち姿を。そのための地道な努力は、何気なく一言を呟くモニターの前からでも取り組むことが出来るのではないでしょうか。

 …と、偉そうなことを述べてしまいましたが、私自身もまだまだ失言や幼い言葉のオンパレードです。フェイスブックやツイッターに書き込もうとする度に、“「そ」の「な」いようで、「し」ゃべっていいの!?”という別の意味での(?)“SNS”に思いを馳せて見直すようにはしているのですが……。