コラム:バレエの科学
先日、ふと思い立っておよそ8年ぶり(!)にクラシックバレエのレッスンに参加してきました。現役時代に通っていたスタジオも先生も何ら変わっておらず嬉しい限りでしたが、当然ながら自分の技術だけが益々衰えており、鏡の中ではスパッツ姿の怪しい男性が珍妙な動きを繰り返していました。。。
私のような男性、しかもトレーニング愛好家は今でも少数派ですが、フィットネスクラブでは一般の主婦の方、それも未経験者の方々が美容や健康のためにとバレエレッスンに参加されている光景をしばしば目にします。
そこで、クラシックバレエの運動としての特徴について元ダンサーのトレーナーとして改めて考えてみました。
ルネサンス期にイタリアで生まれ、フランスやロシアで発展したこの舞踊の最大の特徴として「重力に逆らう(ように動く)」という点があります。もちろん実際には不可能なことですが、身体重心を通常よりも上方に感じながら(いわゆる“丹田”=コアの部分がそのまま引き上がるようなイメージ。ダンス用語では「お腹を引き上げる」などと表現されます)、四肢を柔らかく動かすことで見ている人に軽やかさや優雅さを伝えるのです。トゥシューズはまさにそのための道具ですし、男性ダンサーも高い跳躍やアクロバティックに女性をリフトする姿でそれを大いに表現します。
ある意味人間離れしたこれらの動きを行うためには、当然ながら安定したコアや各関節の高い柔軟性と剛性、下肢の爆発的筋力(瞬発力)、プライオメトリック能力(バネの能力)等々が要求されます。反対に、心肺機能という部分ではそれほど追い込まれることはなく(ダンサーが肩で息をするわけにはいきませんよね:笑)、バーレッスン時の酸素摂取量は最大の約40%、センターフロアで50%程度、という研究報告などもあります。
実はダンスをこうした運動科学の視点から見るようになったのはたった30年程前からなのですが(『The Dancer as Athelete』:Olympic Scientific Congress Proceedings,1984 という研究報告あたりからと言われています)、国際ダンス医科学研究会(WADMS)でも、例えばトゥシューズを履く目安として、足関節前面に鉛筆を縦に乗せられる程度の底屈柔軟性があること(ペンシルテスト)、両手を開閉しながらの片脚スティッフレッグ・デッドリフト(エアプレーン・テスト)をクリアできること、などの目安を設けてダンサー自身に対して積極的な補強トレーニングを推奨していることは、意外と知られていないのではないでしょうか。
いずれにせよ、そう考えると「ダイエットして彼氏をつくりたい!」という女性がフィットネスクラブでバレエレッスンを受けようとする際には、ただ単に「いいですね、頑張って下さい。」だけではなく、「慣れてきたら美しい姿勢や動き作り、自体重でのトレーニングとしてバレエを頑張りつつ、ジムにもちょっと顔を出してみませんか?バイクやトレッドミルで更に体脂肪を狙い撃ちすれば、彼氏ができる!……かもしれませんよ(笑)。」といったアドバイスもいいかもしれません。
巷には『〇〇ダンス・エクササイズ』などのダンス系フィットネス本・DVDは相変わらず溢れています。だからこそ、皆さんの通うクラブにも志の低いアルバイトばかりではなくプロのトレーナーがいて的確なアドバイスをしてくれたら、きっと、もっとレッスンが楽しくなるはずです。
ダンサーどころか、「上半身裸ならどこかの過激なお笑い芸人に見えてしまう…。」ことを痛感した身としては、せめてトレーナーとして(?)そんなことを願っています。