コラム:肩甲骨の落とし穴
「もっと肩甲骨を意識して…」
「肩甲骨をしっかり動かしましょう」
トレーニング指導の現場でよく耳にするお声がけです。
実際、フィットネスクラブに行くとラットプルダウンやロウイングの指導現場でかなりの確率でこんなアドバイスをしている風景に出くわします。
しかし、と思います。老若男女に関わらず、なんらかのエクササイズ経験がなければメンバーさんやクライアントさん、時にはスポーツ選手であっても、いきなり「肩甲骨を動かして」と言われて、はいそうですか、と出来る人は少ないのではないでしょうか。場合によっては「肩甲骨」という単語を十年以上ぶりに聞いた、なんていう人だっているかもしれません。
試みに、毎日ウォーキングやストレッチをしている自分の母親に「肩甲骨、動かせる?」と聞いてみたところ、「よくは分からないけど、なんとなく…この辺かしら?」といったリアクションでした。
同様の言葉に「骨盤」などもあります。スタジオレッスンでもよく「骨盤をもっと立てましょう!」というインストラクションが聞こえたりしますが、「骨盤を立てる」といわれても、身体のどこをどうすればいいのかよく分からないフィットネス初心者は沢山いらっしゃるはずです(その程度ならまだしも、いきなり「上前腸骨棘を触って…」などと言い出すインストラクターさんに出くわしたこともありました)。
何が言いたいかというと、「トレーナーの常識は世間の非常識」の可能性を忘れないようにしよう、ということです。
私たち専門職は非常に狭い世界に生きています。バーベルやダンベルを持たせれば世の中の人より少しだけ上手かもしれない。でも、それを分かりやすく説明することはまた別の話です。
例えば、ラットプルダウンで肩甲骨を上手に下制できないメンバーさんに対して冒頭のようにいきなり肩甲骨という単語を用いるのではなく、「もうちょっと肩を下げて、少し胸を張るような感じで」と指導した方がいい場合もあるでしょう。逆に同じようなメンバーさんでも、トレーニングを続けていく上での共通言語や更なる知識を得てもらうために、あえて「肩甲骨」という単語を用いた方がいいタイミングがあるかもしれません。
以前もこのコラムで、いわゆる“専門バカ”にならないように、といったことを書かせて頂きましたが、いずれにせよ大切なのは、トレーナーだけのローカル・スタンダードや共通言語にとらわれないこと、また、常にそれを疑ってかかる目を忘れないことだと思うのです。
実は私自身も、ほんの数年前まではなんとかの一つ覚えのように「肩甲骨を…」「骨盤を…」「股関節を…」と繰り返していました。しかしある日、尊敬する先輩指導者の方が上記のようなことを教えて下さり、文字通り目から鱗が落ちました。と同時に、それまでの自らを省みて大いに赤面した次第です。それ以来言葉一つ選ぶのにも気をつけるようにし、そして四苦八苦しています。
トレーニングプログラムをいかに考えるか、実技をいかにやるか、だけではトレーナーは務まりません。それらを“いかに伝えるか”もまた、忘れてはならない大切な要素のはずです。
……などと偉そうなことを言いつつ、この文章を読み返して「トレーニング好きじゃない人は、ラットプルダウンだの肩甲骨の下制だの言われても分からないよなあ…う〜ん…」といつものように反省しています(苦笑)。伝えること、本当に難しいですね。