体幹トレーニングのホント

今や日本で最も有名なアスリートの一人になった感のあるサッカーの長友選手。実は大のサッカーファンである私も好きなプレイヤーの一人です。
無尽蔵のスタミナで小気味良くスプリントを繰り返し、小兵ながらも身体を張って相手を抑え込む姿はいわゆる“フィジカル”な能力の高さを感じさせ、そこがクローズアップされることも多いですよね。特に、彼の高い運動能力を支えるトレーニングとしてしばしば報道されているのが『体幹トレーニング』です。腹臥位(うつぶせ)や側臥位(横向きで寝た状態)で不安定な姿勢をとり、身体を固定しながらバランスを取るようなエクササイズ(スタビライゼーション・エクササイズ)を行っている姿を映像などで皆さんも目にしたことがあるのではないでしょうか。

実際、スポーツパフォーマンスにおける体幹の重要性は今ではすっかり定着しており、『コアトレーニング』や『体幹トレーニング』イコールこうしたスタビライゼーション・エクササイズといったイメージを持っている方々も少なくないと思います。乱暴な言い方をしてしまえば、「体幹を鍛える=固める」というイメージのみになってしまっているとも言えるかもしれません。
しかし、ここで一つ考えてみて欲しいのは、スポーツ動作や日常動作において「力を入れて身体を“固める”だけでいい場合がどれほどあるのか?」ということです。例えば、まさにサッカーにおいて左右にステップを刻みながらマークを外そうとする相手に対応する際、全身に力を入れて身体を固めっぱなしでは敵の素早い動きについていけないことは明らかです。相手と激しくぶつかり競り合うフィジカルコンタクトの場面でも、コンタクトで力が入るということはその予備動作として逆に力を“抜く”、“溜める”といった準備がどこかでなされているわけです。もちろんこれはサッカーに限った話ではなく、他の競技においても同様ですし、一般人の日々の生活においても言えることでしょう。
オーストラリアで多くのトップアスリートを指導するトレーニングコーチの方は、「スポーツスキルは局面ごとに様々な動きがある。大切なのは“固める⇔ゆるめる”、“力を入れる⇔抜く”といったそれぞれの動作を必要に応じて適切に行えること。」と語っていました。また、フランスでフィジカルコーチをしている知人も「こっちの人は“フィジカルが強い”ってよく言いますけど、日本で一般的に言われるところの『体幹トレーニング』やらせると自分の方が出来ちゃうくらいです。大切なのは競技動作に応じて選手が本当に必要とする能力を考えることじゃないでしょうか。」と言っています。  
意外に知られていませんが、そもそも『体幹』という言葉の定義からしてスポーツ医科学の世界では実はまだ曖昧なところもあるのです。「身体から四肢を除いた部分」という捉え方が一般的ですが、現場のトレーニングコーチは首の部分=頚部も含めて体幹と考えることも多く、実際に頭の向き一つで発揮出来る筋力が変わってしまったりもします。
いずれにせよそれらを踏まえて、単純に“固める”だけではなく様々なスポーツスキル、動作スキルに繋げるための様々な『体幹トレーニング』をコーチやトレーナーといった専門スタッフの指導の下で行うことこそが大切であり、長友選手の『体幹トレーニング』も本来はそういったもののはずなのになぁ…と、感じるのです。

本コラムでも常々語っている通り、トップアスリートのトレーニングを一面だけ見てただ真似するだけでは、スポーツパフォーマンスや健康増進に繋がらない単なる「トレーニングのためのトレーニング」に陥ってしまう可能性がありますし、残念ながらそれを助長するような広告や謳い文句も少なくありません。
ご自分の通うスポーツクラブや公共施設で「体幹を鍛えたいんですが…。」とスタッフに質問した際に、
「体幹の“どんな”能力でしょうか?」
「体幹を鍛えて“何を”改善したいか、もう少し詳しく聞かせて頂けますか?」
と詳しく耳を傾けてくれるのか、
「ああ、体幹ですね。じゃあこのスタビライゼーション・エクササイズを…」
と、インスタントな答えを返されてしまうのか。この違いは実はとても大きなことですし、そうした部分にこそ施設の質や指導者自身の力量が表れるのではないでしょうか。(残念ながらアルバイトがほとんどの民間スポーツクラブでは大部分が後者のような返答になってしまうと予想されますが…)

職業病的についついこんなことを考えつつ(苦笑)、インテルや日本代表の試合を私もいつも一所懸命応援しています。