餅は餅屋
民間、公共を問わずトレーニングジムのマシンや機器材も道具であり、消耗品であることに変わりはありません。多数の人々が何千回、何万回と使用を繰り返せば当然ながら磨耗や破損がいずれは発生します。とくに、電子機器などを内蔵し構造も複雑ないわゆる「有酸素運動」のマシン(トレッドミル=ランニングマシン、バイク、クロストレーナーなど)などは、利用者の人気が高いことも相まってどこの施設でも消耗度が激しいものではないでしょうか。
逆に、シンプルな構造の「フリーウェイト」系の機器材(バーベル、ダンベル、ベンチ、メディシンボール等)はメンテナンスが容易な上に、先のコラムでも述べたようになぜか「上級者向け」などとレッテルを貼られてしまう場合が多いことも手伝って、比較的長持ちしているものが多いようにも見受けられます。
いずれにせよ、施設の側ではこうした機器材の修理やメンテナンスのためにも大抵は週に1日、少なくとも月に2、3日程度は休館日を設けて対応に当たるという形が多いようです。余談ながら、休館日にはスタッフ研修やミーティングなども開催されることが多いため、運動施設の職員は休館日だからと言って必ずしも自らも休日になるわけではありません(笑)。
ところが昨今では、不況のあおりもあってか故障した機器材を自らの手で修理しようとしてしまう施設もあり、問題が発生しているようです。破れたりヒビが入ったシートを縫ったりする程度ならまだしも、マシンのウェイトが繋がっているワイヤー部分を補修したり、さらにはトレッドミル(ランニングマシン)のベルト部分(利用者が実際に乗って歩いたり走ったりする部分)の交換などを自ら行い、結果として機器材の寿命を縮めてしまい、下手をすれば事故の一歩手前...というような状況も発生しているのだとか。
何の知識もない素人が交換したがゆえにトレッドミルのベルトが突然ずれて転倒してしまったり、補修したマシンのワイヤーが突然外れて目に当たってしまうようなことが起こったらどうでしょう。施設側にとっては訴訟問題にもなりかねませんし、それ以前の問題として、本来はケガを防ぎ、よりよいフィットネスライフ/スポーツライフを送るために行われるトレーニングの現場において逆にケガを発生させてしまうという、われわれ運動指導に携わるものにとって最も悲しく、そして最もやってはいけない事態になりかねません。
意外に知られていないことですが、運動施設に置かれている業務用のトレーニング機器は、高価なものでは1台で200万円を超えるようなものもあります。しかしそれは、それだけの耐久性や安全性を目指して厳密に設計・開発されたものだからこそであり、大手と呼ばれる各メーカーではそのための様々な努力を重ねています(数万円で手に入る家庭用のトレーニング用品との最大の違いもここにあります)。そして、それでも不特定多数の人間が何万回と使用するがゆえに発生してしまう微細な磨耗や損傷に対して、可能な限り素早く、安価に修理・メンテナンス対応をしてくれる場合がほとんどです(少なくとも私が今までお会いした方々はそうでした)。
メンテナンスに携わる専門の技術者の方へのわずかな対価を惜しんで、その先にあるもっと大切なもの、すなわち利用者の方々への「安全」とそこから生まれる「信頼」を放棄してしまうのは本当にもったいないと思うのです。
「餅は餅屋に任せて下さい(笑)。その信頼があればこそ、トレーニングに関することは逆に我々もトレーナーさん方にお任せできるんですから」
軍手姿で汗と油にまみれながら笑顔で語ってくれるメンテナンススタッフの方々のこうした言葉を、さまざまな施設でトレーニング機器を触らせてもらう度に思い出します。そして、感謝の気持ちも込めて自らもトレーニングさせて頂いています。